なぜ家電量販店で声かけをしてくる人がいるのか
Xの相互FFさん、鍵垢のため詳細は伏せますが、なぜ家電量販店で過度な声かけがあるのかと言う疑問があったのでそれについて語っていきたい。
まず前提として、相手からの売り込みが嫌いと言う意見はよくみるが、実は売り込みをされるから買わないと言うのとはまた別の話。
それを現す分かりやすい例として光通信という企業の存在が挙げられる。
光通信とは2ちゃんねるで最初にブラック企業という言葉が生まれた頃、その筆頭格として扱われていた企業。
当時同格扱いされていた企業にたけうちグループやSFCGが挙げられるが、それらは既に倒産している。
しかし光通信は現在でも苛烈な営業会社の代名詞としてその悪名を轟かせている。
グループ企業には訪問営業やテレアポ営業を専業とするような企業も含まれており、本当に苛烈な営業が世の中で避けられているなら淘汰されているはずだ。
しかし今もなお光通信の業績は絶好調なことを踏まえると、苛烈な営業が嫌われることと、それらを利用しないことは符合しないのがうかがえる。
https://www.hikari.co.jp/results/
続いて家電量販店の歴史として、多くの社が訪問販売に端を発することにある。
ヤマダデンキにせよケーズデンキにせよ、もとは訪問販売から始まった企業である。1970年代初頭くらいまでは訪問販売で家電を売るのは常識で、訪問販売は本来必要としていない人に対してときに強引にでも物を売る商売形態である。
その需要がないところに需要を作る訪問販売文化が現在でも引き継がれている。
二つ目に声掛けをしない企業が淘汰された歴史がある。
かつてソフマップや石丸電気が店員から声掛けをしないので安心して商品を吟味できるということを謳い文句にしていたことがある。
2社はセールス力が弱いとして現在は他の大手企業の傘下に入っている。
そのトラウマから声掛けをしないのは身を滅ぼす行為として認識されていることが推測される。
続いて現場サイドで声掛けをしてくる理由として、2パターンほどあるので記載していく。
一つは郊外型家電量販店で客の少ない時間帯、主に平日の昼間である。

郊外型家電量販店は平日の昼間は閑散としているが、それでも売上ノルマがあるため数少ない客に声掛けしてなんとか売上を作ろうとする。
二つ目はターミナル型の家電量販店の場合。特に客の多い休日の昼間が該当する。

こういった店では社員の手が空いていることは少なく、彼らが声掛けをすることは少ない。
声をかけてくるのは通信キャリアから派遣されている従業員だ。
彼らは携帯電話売場だけでなく様々な売場で勤務している。ターミナル型の家電量販店は販売人員が常に不足しているため、通信キャリアの派遣社員に依存気味。
そして商品を販売してそれをきっかけに自社の通信サービスの売り込みに入るという営業スタイルのため、まずは商品を売るために声掛けを行う。
携帯電話売場以外で携帯電話や光インターネットサービスの申込みを自ら申し込む客などほぼ存在しないため、営業のきっかけとしてまずは商品を売るのだ。
というわけで苛烈な営業は売上増のために必要悪とされていることと、それぞれの営業スタイルの違いによって家電量販店の声掛けが無くなることは現状考えにくいという結論に至る。
mineoショップはどんな場所なのか
一時期注目を集めるも、楽天モバイルや各社のサブブランド、オンライン専用プランの登場ですっかり下火となったMVNO。
今でも積極的に顧客獲得を目指す事業者は概ね資本力と顧客基盤を持っている企業に限られている。
その一角が関西電力グループのオプテージ(旧ケイ・オプティコム)である。
関西地方ではeo光の名称で広範にサービスを提供し、NTT系のフレッツ光や光コラボとも互角に渡り合っている。
これは関東で電力系FTTHサービスを提供しているKDDIのauひかりと異なり、テレビサービスを提供しているのも大きい。
auひかりは地上波や衛星放送を光ファイバーで観られるサービスがないため、テレビを利用したい客がNTT系に流れている。
また、当ブログを昔から読んでいる方であれば旧アステル関西のインフラを活用したeo64エアを覚えている方もいるのではないか。
これはウィルコム(当時はDDIポケット)のAIR-EDGE(旧AirH")よりも先にサービスを開始した。
エリアは関西圏に限定されるものの3000円の低価格と回線交換による64Kbpsの安定した通信速度でそれなりの支持を得ていた。
その後AIR-EDGEがパケット通信の数を増やしたり変調方式の変更を駆使して最大800Kbpsを達成したのに対して、eo64エアは特にテコ入れも行われないまま2011年にサービスを終了した。
なおケイ・オプティコムはeo64エアの高度化を早々に諦めており、イー・モバイルのMVNOへ参入している。
そんなeo64エアの系譜を引くのがこのmineoである。
実はここまでは5月に書いており、前置きを書いた時点で満足してしまいここから先は5が月ほど寝かせての執筆となる。
mineoはMVNOであるが無店舗ではなく、直営店やユニットコムと提携した有人店舗をいくつか抱えている。
そのうちの一つが今回行ったmineoショップ渋谷だ。

当日は土曜日の昼間で場所は渋谷センター街という絶好のロケーションにも関わらず店内はガラガラ。手続きをしているのは私とあともう一組だけであった。
今日日ドコモショップが予約制なのと比べると寂しい限り。
20年前のDDIポケットコミュニケーションプラザも結構混んでいたのに。当時のDDIPが300万加入で現在のmineoが130万加入だからその差もあるのか。
あるいは現在はインターネット上で契約を変えられるようになったため、当時ほど有人店舗の需要がないのかも。私もネットから乗り換えの手続きを行い、SIMカードだけ受取に行っている。
ではなぜドコモショップは予約制になったかというと、契約の複雑化と様々な派生サービスの登場で手に負えない人も多くなったからだ。
mineoは元々ある程度以上ネットに強い人がターゲットなのと派生サービスが少ないので有人店舗のお世話になる人が少ないのだろう。
mineoショップの中は2階が契約受付カウンター、3階が契約者向けのフリースペースとなっている。契約したSIMカードの設定を自身でする人用にFreeWi-Fiも提供されていた。

さすが経営母体が関西電力だけあって妙にお金がかかっている。

TOAマートのレガシーとは何だったのか
東亜産業という企業がある。
新型コロナウイルス感染症が猛威をふるった2020年、東亜産業はTOMITというブランド名で抗原検査キットやアルコールジェルをいち早く市場へ供給したが、その品質に問題があるとしてひんしゅくを買ったのは記憶に新しい。
その後2021年に小売事業へ参入し、半額専門店TOAmartを大々的に展開した。

これは東亜産業が独自に製造や買付した商品に加えて、問屋やメーカーが抱える不良在庫や倒産品を買い上げて市価の半額で提供するという業態の店舗である。
いわゆるディスカウントハウスに相当する。
このスタイルで今や大手小売業の一角へのし上がった企業にドン・キホーテがあり、TOAmartは第二のドン・キホーテに成長するか注目が集まっていた。
同時期に222(トリプルツー)や半額倉庫も注目を集め、新ディスカウントハウスブームが始まるものと思われていた。
しかし2023年に事態は一変する。
2023年2月以降に急拡大した店舗を次々と退店し始めたのだ。

また、本来他社の不良在庫を一山いくらで買い叩くはずが、あろうことかライバルであるドン・キホーテにて東亜産業の製品がたたき売りされている始末。
こうしてTOAmartは終演を迎え、2025年5月18日には本店格であった秋葉原店も退店し消滅の運びとなった。
売り逃げ系膨張チェーンに関わるなという教訓をまたしても残す終焉となった。
ちなみに実際に行ってみた感想としては品出しが追いついておらず商品が雑然としていた事、スポット仕入れ品ではないものはあまり安くない事が気になった。
カップスターはTOAmartよりジョイント(小林食品が運営する福岡ローカルの食品スーパー)のほうが安かった。
そもそも何にを基準にして半額なのかが分からない。
加えて品揃えが一定しないのは言い換えると普段使いには出来ないお店ということになる。
ライバルになるはずだったドン・キホーテはスポット仕入れ品の他に、レギュラー品もありお宝探しではない日常利用ができるという利点がある。
というわけで、どういった利用を想定しているか不明なのに店を増やしすぎたのが敗因ではないか。
家電量販店の2012年体制とはなんのことか

そうご電器と永長第一家電の倒産が2012年体制に至る家電量販店の10年にわたる再編劇の始まり。 https://t.co/5rb5UwAPdx
— 昇り龍1番街・商業施設と決済手段、交通の街 (@risingdragons) 2024年11月24日
ちょいちょいXで書いている2012年体制という言葉だが、これは2012年に家電量販店の再編が一巡し、7事業者にまとまったことを指している。
7事業者の内訳は以下となる。
ヤマダホールディングスグループ
ビックカメラグループ
ヨドバシホールディングスグループ
屋号はヨドバシカメラのみ。
ケーズホールディングス
屋号はケーズデンキのみで、グループ企業にデンコードー、ギガス、関西ケーズデンキ(旧八千代無線電機)がある。
エディオングループ
ノジマ
ノジマ、真電
上新電機
屋号はジョーシンのみ
以下それに至るまでの経緯を年表として記載する。
なお家電量販店同士の再編とは関係のないトピック(例としてヤマダデンキによるダイクマ買収)とグループ内再編(例としてエディオンの事業会社整理)は割愛する。
2002年1月-星電社が倒産。マツヤデンキの支援を受けて営業は継続
2002年2月-そうご電器倒産し廃業へ
2002年3月- デオデオとエイデンが経営統合し持株会社エディオン創立
2002年4月‐第一家庭電器が倒産し廃業へ
2002年6月-ベスト電器が第一家庭電器のフランチャイズチェーンを受け入れ
2002年9月-ミナミ無線電機がミナミムセン秋葉原本店から撤退し廃業へ
2003年1月-ダイエーが家電販売のパレックス事業を休止
2003年4月-エディオン、ミドリ電化、サンキュー、上新電機、デンコードーの5社がボイスネットワークとして提携
2003年4月-和光デンキが倒産し廃業へ
2003年9月-マツヤデンキが倒産、営業は継続
2003年10月-カカクコムが東証マザーズ上場
2003年(時期不明)-Amazonが家電販売へ参入
2004年4月-ケーズデンキとギガスが経営統合しギガスケーズデンキ設立
2004年10月-八千代無線電機がケーズデンキ傘下へ
2004年9月-ワットマンが家電販売から撤退。
2004年10月-ラオックスが投資ファンドMKSパートーナーズの傘下へ
2004年4月-ボイスネットワーク解消
2005年1月-ニノミヤが倒産、日本橋以外からは撤退へ
2005年5月-オリンピックが家電専門店の家電満載館を展開開始
2006年4月-キョーエイが家電販売から撤退し運営するK-1をデオデオへ譲渡
2006年7月-ニノミヤが家電販売から撤退
2006年10月-マツヤデンキ、星電社、サトームセンの3社が新生銀行主導のもと経営統合し持株会社ぷれっそホールディングスを設立。
2006年10月-オリンピックが家電満載館事業をベスト電器との合弁会社Olympic&Bestへ移管。
2007年3月-ロケットが家電販売から撤退
2007年3月-真電がノジマに買収され法人格消滅
2007年5月-家庭科学が店舗事業から撤退しECのタンタンショップ専業へ
2007年6月-ぷれっそホールディングスがヤマダデンキ傘下へ
2007年8月-電激倉庫を運営していた庄子デンキが全店舗撤退
2007年12月-ラオックスヒナタが全店舗撤退
2008年2月-ナカヌキヤ(旧中川無線電機)が家電販売から撤退
2008年2月-Olympic&Bestが解散
2008年7月-ラオックスが家電販売からほぼ撤退。
2008年10月-ベスト電器がビックカメラの持分法適用会社へ
2009年4月-ムラウチ電器が独自運営を断念し上新電機のフランチャイズチェーンに加盟
2010年2月-さくらやが全店舗撤退
2011年11月-谷山無線電機が独自運営を断念しエディオンのフランチャイズチェーンに加盟
2012年10月-セキドが家電販売から撤退
2012年6月-コジマがビックカメラ傘下へ
2012年12月-ベスト電器ヤマダデンキ傘下へ。これにて現在の7グループ体制が完成する。
まとめるとコジマの名前が出てくるのが最終盤のみなのが面白いところ。
そしてヨドバシカメラは再編に一切噛んでいない。
エディオンは関東再進出で成功できるのか
前回の続き
2013年春に大リストラを行い、旧石丸電気の秋葉原本店と上尾店、旧ミドリ電化の柏沼南店(ここにはミドリ電化の地域子会社である株式会社ミドリの本社が置かれていた)とロックシティ守谷店を撤退し希望退職を募るなど関東での展開を大幅に縮小したエディオン。
2013年10月25日には埼玉県秩父市にエディオン秩父店を出店するが、これはヤマダデンキがベスト電器を買収するに当たり、公正取引委員会より競争関係のない地域が発生する場合は他資本への売却を求められたことによる。

ベスト電器とヤマダデンキが同資本になることで競争がなくなる地域は主に九州地方であったが、埼玉県の奥地になる秩父地方も家電量販店はヤマダデンキとベスト電器しかなくエディオンへ譲渡することになった。
九州地方についてはベスト電器の店舗をエディオンへ譲渡したのに対して、秩父だけはヤマダデンキの店舗をエディオンへ譲渡している。
これは秩父のベスト電器は矢尾百貨店によるフランチャイズ店舗で、推測だが矢尾側がエディオンのフランチャイズへ鞍替えすることを拒否したのだろう。

エディオンは2013年春に大リストラを敢行していて関東からの撤退は時間の問題とされており、地域密着型の営業を行っている矢尾百貨店からすれば信用に足る相手ではないはずである。
そんな会社と組むなら引き続き信用のあるベスト電器と組み続けたいというのは自明の理。
そうして関東から消えゆく存在になると思われていたエディオンに転機が訪れる。
神奈川県伊勢原市のいせはらcomaへ進出し、まさかの関東再進出を果たすことになる。
大人の事情で出店した秩父店から3年半、移転を除いた純新規店舗としては2009年9月のららぽーと新三郷店から数えて7年半ぶりとなる出店だ。
すぐに消えるかと思いきや予想外の健闘を果たし、あろうことか2021年10月31日にコジマ×ビックカメラ伊勢原店を撤退に追い込んでいる。
その後2018年にイオン秦野店、2021年に日吉店を出店。
2022年にはホームズ川崎大師店、ダイナシティ小田原店、瀬谷店と3店舗も出店している。


そして2023年には自社ディベロッパーとなるミニショッピングセンターの246溝の口店と都市型大型店横浜西口本店を出店するに至る。


2023年では神奈川県内での店舗数は11店舗を数えるほどの勢力にまで成長した。
エディオンの企業体になってから撤退した店舗はデオデオみなとみらいジャックモール店のみと撤退もなくそれなりに受け入れられていると解釈できる。
ではなぜここまで勢力を拡大できたのだろうか。
東京エディオン時代は3企業が統合したことにより展開地域が散らばっており、ドミナント戦略を構築できなかった。
しかし2017年以降は神奈川県に出店地域を絞り、元々強力な店舗網を構築していた静岡県から地続きでの拡大戦略に成功した。
- 適度な規模感
神奈川県を地場とし拡大戦略を続けている家電量販店チェーンと言えばノジマ。
しかしノジマは小型店を中心としており、ノジマでは床を埋めきれない施設でテナントを誘致する際にエディオンが選ばれやすい。
同様の出店形態を取る企業としてコジマや上新電機もあるが、コジマは全体的に衰退傾向にあり上新電機は神奈川県内で弱い。
というわけで、これからもエディオンが地味に神奈川県内で拡大を続けるのではないかと予想していたりする。